テーマ 「現代社会の脅威にいかに立ち向かうか」
論文題名
「災害の脅威に立ち向かうための合理的備蓄体制構築への道筋」
〜熊本地震による食料供給状況と各都道府県の食料備蓄状況の検証より〜
執筆者氏名:青山 貴洋
目次
要約
はじめに
1.備蓄食料の種類
2.被害レベルと期別毎の適合食料
3.熊本地震の食料供給状況
4.各都道府県内の備蓄食料状況
5.情報共有による備蓄体制の合理化
6.家庭備蓄の普及
7.災害の脅威に立ち向かう準備として…
まとめ
<脚注>
<参考文献>
<資料>
表1.震災等災害による想定被害レベル毎の期別日数と適合食料等系図
表2. 熊本県立学校の避難所における食糧・水供給状況一覧
表3.現物備蓄1食あたり対人口比(大混乱期食未対応)別・都道府県,市区町村別・備蓄状況比較表
要約
2016年4月発災の熊本地震は記憶に新しい。本震によって被害が拡大した被災地熊本県では、このとき食料の供給不足に陥った。これは備蓄食料の少なかったことが大きな要因といえる。自然災害を食い止めることはできないが、その備えはできる。そのとき最低限必要となるのは食料と水である。この備えは公助と自助の役割を明確にすることで合理的な備蓄体制が整う。本稿は、この災害という脅威と闘う準備として、公助と自助の役割について知識の一片となることを目的としている。
備蓄には公助の「現物備蓄」と「流通備蓄」、さらに自助となる「家庭備蓄」の3種があり、災害時初動期となる第1期には現物備蓄と家庭備蓄が有効となる。さらに、この第1期対応食は、調理を必要とせず、すぐに口へ運べるものが最適となる。これは、ライフラインが機能しない場合に備えるためである。
この備蓄食料の必要量は、理想としては1週間分、現実的には3日分を揃えておきたい。3日分の想定は熊本地震による検証でも明らかとなり、もし3日間の現物備蓄があったならば、食料供給不足は防げたはずである。そして、これは公助だけでなく、自助による家庭備蓄が充実していたならば、質・量・嗜好性等も担保でき、より食料の不足といった事態は起きなかったであろう。
では他の地域も含め公助となる公的備蓄はどの程度確保されているのか。都道府県地域防災計画等によって確認できた各自治体の現物備蓄食料は、都道府県内備蓄食料総数を1人当たりに換算すると最も備蓄量の多い県で1.9食分と1日分もなく、最も低い県で0.01食分と1食分をはるかに下回る保有量しかない。さらに発災初動期で食べることのできる第1期対応食で換算した場合、最も確保量が多くなる県でも1人当たり0.48食と0.5食分にも満たない。これはコストが影響している。
従って、公助だけでは緊急時に対応できず、家庭備蓄は重要となる。しかし、住民の知識や意識は未だ不完全である。これらを打破するためには、「コツコツと積み重ねる各人の小さな努力」、すなわち、「それぞれの役割分担のもとに行われる計画的・段階的な継続的努力」が必要となる。
それぞれの役割とは3者を表し、都道府県は、「各人」の役割を意識した総合調整と、管轄する市区町村の補完を担い、各市区町村では、備蓄物資会議(仮称)により必要備蓄食料数を設定し総合備蓄計画をたて、「予算化」と「各人の役割分担明確化」による備蓄推進活動の促進を意識する。そして、住民はローリングストック等により非常食を日常の食事に取り入れ、必要な量と自分の好みを組み合わせ備蓄する。
これらの「各人」による「コツコツ」とした「小さな努力」をする意識と行動が、災害の脅威を少しでも軽減し、生きることと、日常を取り戻すための活力へとつながる。
はじめに
2016年4月に発生した「平成28年(2016年)熊本地震」(以下、熊本地震)は、14日の前震と16日の本震という最大震度7の地震が連続して起きたことで被害が拡大した。このとき、前震後に一時避難を余儀なくされた避難者等への食料は、現物と流通在庫による備蓄食料で何とか持ちこたえたが、16日の本震によって避難者数は激増し食料不足が生じた。
近年を振り返れば、平成7年(1995年)兵庫県南部地震(以下、阪神淡路大震災)、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震が引き金となる東日本大震災等、多くの震災を経験し、その準備の必要性を学んでいるにもかかわらず、人々が生き活動するために最低限必要な食料の不足という事態に陥った。
地震のみならず、平成27年(2015年)9月には関東・東北豪雨による堤防決壊によって被害が生じた地域の存在も記憶に新しい。他にも、台風、火山噴火等、私たち日本人の暮らしは、常に災害の脅威と隣り合わせにいることを念頭に置き、その備えをしなければならない。その備えで重要なものが「食料」と「水」である。
災害を食い止めることはできない。しかし、備えはできる。そして災害が起きたとき、住民がすべきことは、まず生きること。そして次に普通の生活に戻ることである。つまり、被災によって折れそうな心を奮い立たせ、復旧活動に取り組み、平常を取り戻さなければならないのである。このとき、生きるために、活動するために、まず食事をとる必要がある。
この備えは、公助を担う自治体も、自助を担う住民も行うことが肝要である。しかし、公助となる自治体の現物備蓄食料数はかなり少ない。加えて住民は、災害に備え食料を蓄えるといっても、どのようなものを、どれだけ備えたら良いのかを、多くの人が意外と知らない。
よって本稿では、この災害の脅威をいかに軽減できるか、その準備のため、狭義には自治体に対し合理的備蓄体制の在り方の一片を、そして広義には一般に対し、公助の現実を知り、自らの備えに対する知識の一片となるべく、広く普及に努めることを目的としている。
1.備蓄食料の種類
備蓄食料には、大きく分けて「公的備蓄」と「家庭備蓄」の考え方があり、さらに、公的備蓄には「現物備蓄」と「流通備蓄」がある¹。
現物備蓄とは、食料そのものを購入等によって現物を確保し、倉庫や避難所となる学校・公民館・病院等に直接保管されるものをいう。指定された避難所に現物食料が備蓄されていれば、その場で緊急配布も可能となり、一時的な難を凌ぐことができるため災害初動期に最大の貢献をする。ただし、現物を確保するための費用と、その保管料、さらには食料の保存性によって入れ替えが必要となるためコストがかかる。
流通備蓄とは、現実に食品や飲料水を購入・備蓄せず、有事の際に必要品目及び必要数を届けるといった、契約を書面で行う方法である。実際に食料が必要となり、取引が生じた場合に契約に基づき精算されるため、自治体にとって保存面と経済面で利点となる。ただし、被害レベルによっては道路破損等による交通麻痺や、協定先も被害を受けている可能性が高いため、契約履行しにくいなどの欠点がある。
家庭備蓄は、個人、あるいは家族に必要な食料を個々の家庭で備蓄する手法をいう。個人的な備蓄手法となるため、自治体としては強制することができない。しかし、食に対するニーズの多様化、病気やアレルギー等の体質による食事の制限、年齢や性別による食事の必要量等、公的備蓄に頼るのは限界がある。よって、個々の質・量・嗜好性等を満たすためには大いに有効となる。
実際に買い揃えることとなる公助の現物備蓄と家庭備蓄の食料は、理想としては1週間分(後に説明する表1の被害レベル3を想定して)、現実として3日分は揃えておきたい(青山,2016a)。政府も「緊急時に備えた家庭用食料品備蓄ガイド」(農林水産省,平成26年2月発行)において「最低でも3日分、出来れば1週間分程度の家庭での食料品の備蓄に取り組むことが望まれます。」と推奨している。
2.被害レベルと期別毎の適合食料
表1は、青山(2016a)により作成された、災害等による被害レベル別の、ライフラインや流通回復に伴う被災地の5期別復旧変化過程における適合食料をまとめた表である。表の縦軸にある1から3のレベルは被害の大きさを表し、被害レベル1は、被害甚大だが、範囲は市区町村内の一部にとどまる災害等を想定し「平成27年9月関東・東北豪雨」を例としている。また、被害レベル2は、都道府県のうち、いずれかの全域に近い被害が及んだ災害等を想定し「阪神淡路大震災」を例にしている。そして、被害レベル3は、都道府県をまたがり、さらに広域的な被害を想定し「東日本大震災」を例としている。
さらに、災害によって被害を受けた地域では、電気・水道・ガスのライフラインに影響を受ける。この復旧度合いによって食事の内容にも変化が生ずる。例えば、電気が止まれば炊飯器は使えず米が炊けない。またガスが止まれば煮炊きする料理はできない。ともすれば湯も沸かすことができない。よって、すべてのライフラインが供給されないとされる第1期(大混乱期)は特に注意が必要となり、この第1期対応食料は現物の備蓄食料で、かつ、調理不要な、口へすぐに運ぶことのできる食料が求められる。
この第1期の要領で、復旧度合いや混乱状態を横軸の5期に分類し、その期別毎に有効な食料を縦軸の「適合食料」へ、現物備蓄や流通備蓄といった適合する食料供給形態を「有効な食料供給形態」へ、それぞれ示している。
3.熊本地震の食料供給状況
では、実際に記憶に新しい熊本地震で表1と比較し検証してみよう。青山(2016b)では、表1をもとに熊本地震による熊本県内食料供給状況を克明に記しているため、ここで参照したい。これによれば、「震度7を記録した「前震」と「本震」とが連続で発生したことで広範にわたる被害をもたらした」として被害レベル2を前提に検証している。
そして、ライフラインの復旧度合いからみた場合「レベル2の事例として想定された阪神淡路大震災より、熊本地震では一部電気とガスの供給に復旧の早期化がみられた」としながら、第1期(大混乱期)から第2期(混乱期)への移行期間について、「前震を含むと4~5日となり被害レベルは3とみることができる」として、ライフラインの復旧状況が比較的早いのに対し、食料供給状況の改善に時間を要したことを指摘している。(ただし、結果的に第2期の期間が1~2日と短いことから、第1期と第2期の合計期間でみればレベル2が妥当としている。)
この第1期が長かった理由について、「前震と本震による被災という特殊性はあるものの、やはり備蓄食料が少なかったことは大きな要因」としている。さらに、この備蓄食料には、(公助の)現物備蓄のみならず、家庭備蓄の少なさも要因であることが指摘されている。
「前震と本震による特殊性」とは、震度7の地震が連続して発生し、本震によって被害が拡大された熊本地震の特徴的な性質を指しており、「前震後は現物備蓄と流通備蓄がともに機能してバランスよく食料が確保でき、翌日に第2期へ移行した地域の存在がみられた」という評価がある。つまり、前震のみであれば被害レベル1クラスの回復であったが、本震によって第2期から第1期へ逆戻りし、レベル2の大混乱となったことを含意している。
この混乱ぶりは避難者数でみることもできる。熊本地震による避難者数は、14日21:26の前震後となる15日05:00時点で44,449人だが、16日01:25の本震後となる16日07:00に68,911人へと増加し、さらに同日14:30に91,763人、17日09:30には183,882人と避難者数のピークを迎え、本震後に急増したことがわかる(熊本県災害対策本部,第3回・第6回・第7回・第8回の各会議資料による)。
この16日の本震後、何とか足りていた現物備蓄食料がなくなり、流通備蓄はほぼ丸1日機能しなかった。表2は、熊本県災害対策本部が管理する県立高校避難所の食料及び飲料水の供給状況を○×形式で表したものである。日時欄の下に「食糧²」「水」の欄があり、「○」は「ほぼ足りている」、「△」は「多少あるものの不足している」、「×」は「全く足りていない」ことを示している³。
これによれば、16日14:30から18日08:09までの報告で食糧欄に×のある学校は5校以上(表中割愛した阿蘇中央含める)あるが、18日14:00の時点で3校へと減少し、19日09:30には熊本支援学校1校となり、19日14:00には0(ゼロ)となる。さらに、20日10:00まで△と○とが混在するが、21日10:00以降はすべての学校で食料・水ともに「ほぼ足りている」とする○へと推移する。つまり、18日に食料供給が機能し始めていることがわかる。
18日に食料供給が機能し始めたのは、「政府によるプッシュ支援効果」によるものとされているが、ここでの議論は避け、いいたいことは、14日前震後の翌日から起算して「3日分の備蓄食料があればどうであったか」である。おそらく前震で食料が底をつくことはなく、流通備蓄や支援物資等が機能しはじめる18日朝までは食料不足に苦しまなかったはずである。先にも示したが、本来備蓄食料は「理想は1週間分」としながら、「3日分は備蓄をするよう」広報されている。特に家庭で3日分の備蓄がされていれば、結果は大いに違っていたであろう。
つまり、第1期を乗り切るために、現物備蓄と家庭備蓄は大変重要ととなるのである。
4.各都道府県内の備蓄食料状況
前述のとおり、家庭備蓄は重要である。しかし、住家が倒壊し食料を取り出せなくなった被災者についてはどうか。このとき住民は避難所で一時避難しながら、公助や支援を期待するほかない。では、公助の現実はいかなるものか。
表3は、青山(2016a)により示された、各道府県別内にどれだけの現物備蓄食料が保有されているか、1人当たりどのくらいの食料となるのかを関心に、各都道府県と、その管轄にある各市区町村それぞれが備蓄する食料を区分し、その合計により各都道府県内総備蓄量を求め、さらに人口比率により一人当たり何食分となるかを計算しまとめた表である。
「都道府県の備蓄状況」には、各都道府県がどれだけ備蓄確保できているかを示しており、「現物数」に現物備蓄食料の保有数を示している。さらに副食(おかず)が備蓄されていれば「現物副食」に○を、流通備蓄の契約がある場合には「流通数」にその契約数量を、流通備蓄のうち副食が契約されている場合には「流通副食」に○を記している。なお、各都道府県の管轄する市区町村の備蓄数量が、都道府県地域防災計画に明記されている場合は「市町村の把握」欄に○を付記している(数量の単位はそれぞれすべて千食)⁴。
「市区町村の備蓄状況」には、各都道府県に所属する市区町村がどれだけ備蓄確保できているかを示し、上記都道府県と同じ要領で「現物数」「現物副食」「流通数」「流通副食」に、それぞれ該当する数量、または副食の有無を示す○を記している。
「都道府県・市区町村の現物備蓄分析」には、市区町村備蓄も含め、各都道府県内にどれだけの備蓄保有数があるかを示しており、「@現物数合計」には都道府県と市区町村の「現物数」の合計を表している。「@の1食分対人口比率」には、「@現物数合計」で得られた都道府県内備蓄食料総数を該当都道府県内の人口で割り、1人当たり1食に対する百分率を示している。各都道府県の順番は、この「@の1食分対人口比率」の一番比率が高い順に並んでいる。
さらに、「A第1期食合計」には、表1の説明で先に触れた大混乱期となる第1期対応食が「@現物数合計」の中にどれだけ含まれているか、その数量が示されている。表1「適合食料」の第1期欄をみれば、「乾パン・クラッカー等、シリアル類、レトルト粥、缶詰・瓶詰、ドライフルーツ、お菓子類」が明記されている。これらが第1期に適した食料であり、調理等が必要となる食料と、さらに湯を使う食料も除外される。「Aの1食分対人口比率」には「A第1期食合計」で得られた都道府県内の第1期対応食備蓄量総数を、該当都道府県内の人口で割り、1人当たり1食に対する百分率を示している。
そして「@からAへの低減率」は、都道府県内備蓄食料総数となる「@現物数合計」から第1期対応食備蓄量総数となる「A第1期食合計」を換算した場合、どれだけ低減したかを百分率で表している。なお、「人口(千人)」は、1人当たり1食に対する百分率を求めるために利用した各都道府県の人口である(平成25年度国勢調査報告より)。
これをみれば、都道府県内備蓄食料総数で一番比率の高い県は沖縄県で190%となる。逆に一番比率の低い県は福岡県で1.1%である。この比率は1食分を基底としており100%=1食となるため、沖縄県は1人当たり1.9食分、福岡県は1人当たり0.01食分の保有数ということになる。つまり、現物備蓄食料を最も多く保有している県でも3日分どころか1日分も満たない1.9食分しか保有しておらず、さらに最も少ない県では1食分をはるかに下回る保有量しかないのである。
さらに驚くことは、現物備蓄食料比率トップの沖縄県も、第1期対応食による比率換算した「Aの1食分対人口比率」でみると、13.7%まで落ち込み、その低減率は92.8%となる。つまり、第1期で食べることのできる食料は約0.14食分しか保有していないことになる。この第1期対応食比率換算した場合、最も比率が高くなる県は静岡県の47.8%だが、それでも1人当たり0.48食と0.5食分にも満たない。
この1食分の比率数値は、各都道府県の備蓄数量を比較分析するため、単純に各都道府県の人口総数に対する比率を計算したものである。従って、年齢や性別における必要カロリーの検討や、1品目ごとのカロリーを考慮に入れた1食に対する必要カロリーの検討がされていない以上、本来は「1食分」とするのには語弊もあろう⁵。それでも衝撃的な数値であることは間違いない。
この現物備蓄食料が少ない理由は、やはりコストの関係するところが大きい。例えば、50万人の都市で1食500円(乾パン1食・缶詰1缶・水1本を想定)を1日3食×3日分揃えようとすれば、4,500円×50万人で22億5千万円となる。これを1期で揃えるのは、裕福な自治体でなければ適わないであろう。
5.情報共有による備蓄体制の合理化
この他にも、表3において流通備蓄の契約数をみれば、各都道府県・市区町村によってその数量はかなりの差がある。そして、基礎自治体を広域支援することとなる都道府県は、その管轄する市区町村の備蓄状況について、地域防災計画に掲載していない地域が多数見受けられる(表3.都道府県の備蓄状況「市区町村の把握」に○のない地域が多いという意味)。
流通備蓄は第2期以降機能する可能性を有し、食事の幅を広げるため現物備蓄との併用による有効活用が求められる。広域自治体となる都道府県の市区町村備蓄食料の把握は、備蓄総数の適切かつ総合的な調整と、自治体及び住民も含めた情報共有を可能とし、備蓄体制の合理化を図るため重要となる[青山(2016a:78-82)]。
ここで「自治体及び住民も含めた情報共有を可能とする備蓄体制の合理化」については説明が必要となろう。これは、総合調整を担う都道府県が、地域防災計画等において明確に地域の備蓄情報を開示することで、公助においては管轄の各市区町村間で情報共有し、無駄のない備蓄計画を構築できるため合理化が図れ、自助においては、その情報をもとに住民それぞれが個々の質・量・嗜好性等を満たす選択を可能とし、合理化が図れるということである。
都道府県は法的に「災害に備える措置」を一体的に講じる責務があり⁶、公助・自助の総合調整を担う広域自治体としての役割がある。従って管轄する市区町村の備蓄状況を知ることはもちろんのこと、これを市区町村間で共有し、近隣地域との連携等によってカバーしあう対策や、都道府県備蓄で補完される品目・数量の把握により、無駄のない備蓄体制を図ることができる。
そしてこれら公助となる公的備蓄の存在は、緊急時の食料供給と住民に対し安心感をもたらす効果があるだけでなく、公的備蓄ではカバーしきれない部分を明るみにし、個々の量的・質的な嗜好性・特殊性等に鑑みた家庭備蓄の必要性を訴え、さらに、自分の住む地域の公的備蓄と照らし、より充実させねばならない食料品等の選択を可能とする。
言い換えれば、都道府県が総合調整を担い、全体の備蓄状況を明らかとすれば、市区町村も住民も、備蓄食料等の選択に品目の要否や数量の決定、優先順位等の検討が可能となり、都道府県・市区町村・住民3方の役割分担が適い、合理的になるということである。
もちろん、住民は自助により自らを守る必要はあるが、自治体はこれを強制することはできない。従って、自治体の役割として「家庭備蓄の普及活動を徹底的に行う」ことを最優先すべきであることはいうまでもない。
6.家庭備蓄の普及
各家庭備蓄食料等の普及について、東京都の調べによると、食料備蓄意識は高まりつつあり、49.5%程の人が食料を備蓄しているものの、「地震への備えに関して知りたいこと(いくつでも)」の中で、「どれくらいの量を備蓄したらよいか」と回答した人は47.1%で、「どのような防災用品を準備したらよいか」と回答した人は 36%であった[「都民の備蓄及び管理・消費の促進について報告書」備蓄消費に関わる検討会,平成27年2月(平成26年度東京都調査)]。
防災に対する普及活動が比較的進んでいる東京都であっても、住民は家庭備蓄に関する知識の乏しい現実がみてとれる。
ここで一つローリングストック方式による備蓄形態を紹介したい。ローリングストック方式とは、食料を備蓄専用とするのでなく、平常時の需給サイクルに備蓄食料を取り入れながら普段の食事に利用しつつ、常に非常時における家族分の必要食料数量を確保しておく備蓄方法である(ランニングストック方式とも呼ばれる)。住民は、この手法をとることにより、無理なく、必要な量を、自分の好みに合わせて備蓄することが可能となる⁷。
7.災害の脅威に立ち向かう準備として…
自治体は現物備蓄を保有するのにコストがかかり、したくとも中々備蓄が進まない。住民はその必要性を知りながらも、備蓄食料に対する知識が乏しく、約半数に満たない人しか家庭備蓄は進んでいない。この現実に対し甲南女子大学の奥田和子名誉教授は「コツコツと積み重ねる各人の小さな努力こそが減災の力になる」としている[新潟大学地域連携フードサイエンスセンター〔編〕(2011:183-184)]。
ここでいう「コツコツ」は計画的・段階的な備蓄食料の確保を示し、「各人」は自治体のみならず、住民・企業等その地域に携わるすべての人となる。つまり、ここでいう「コツコツと積み重ねる各人の小さな努力」は、「それぞれの役割分担のもとに行われる計画的・段階的な継続的努力」ということが含意される。
自治体は、都道府県による「各人」の役割を意識した総合調整のもと、広域自治体として管轄する市区町村の補完を担いつつ、各市区町村では備蓄物資会議(仮称)による必要備蓄食料数の設定等、総合備蓄計画をたてる。この市区町村による「備蓄物資会議」(仮称)という議論する場が重要であり、「予算化」による実質的な食料確保と「各人の役割分担明確化」により、備蓄推進活動を促進させる起爆剤効果が期待できる[青山(2016:37-39)]。
予算化された備蓄計画による公的備蓄は、3者役割の中で必要量を段階的に備蓄していく。そして、備蓄推進活動によって備蓄意識が醸成された住民は、ローリングストック等により非常食を日常の食事に取り入れ、必要な量と自分の好みを組み合わせ備蓄していく。わかりきったことであるが、この「コツコツと積み重ねる各人の小さな努力」ができておらず、これを実施していくほかないのである。
まとめ
これまでをとおし、備蓄には公助となる公的備蓄の「現物備蓄」と「流通備蓄」、さらに自助となる「家庭備蓄」の3種があり、災害時初動期となる第1期の大混乱期には、現物備蓄と家庭備蓄が有効となることを述べた。さらに、この第1期対応食は、調理を必要とせず、すぐに口へと運べるものが最適であるとした。これは、ライフラインが機能しない場合に備えるためである。(食品内容は表1の適用食料を参照願いたい。)
この備蓄食料の必要量は、理想としては被害レベル3を想定し1週間分、現実的には3日分を揃えておきたい。3日分の想定は熊本地震による検証でも確認され、もし3日間の現物備蓄があったならば、熊本地震による食料供給不足は防げたはずである。そして、これは公助だけでなく、自助による家庭備蓄が充実していたならば、質・量・嗜好性等も担保でき、より食料の不足といった事態は起こらなかったであろう。
公的備蓄の現状も確認した。都道府県地域防災計画等によって確認できた各自治体の現物備蓄食料は、都道府県内備蓄食料総数を1人当たり換算すると、最も備蓄量の多い県で1.9食分と1日分もなく、最も低い県で0.01食分と1食分をはるかに下回る保有量しかない。さらに第1期で食べることのできる第1期対応食で換算した場合、最も多くなる県でも1人当たり0.48食と0.5食分にも満たない。これはコストが影響している。
従って、家庭備蓄は重要となるが、住民の知識や意識は未だ不完全である。これらを打破するためには、「コツコツと積み重ねる各人の小さな努力」、すなわち、「それぞれの役割分担のもとに行われる計画的・段階的な継続的努力」が必要となる。
それぞれとは都道府県・市区町村・住民の3者を表し、都道府県は「各人」の役割を意識した総合調整と、管轄する市区町村の補完を担い、各市区町村では備蓄物資会議(仮称)による必要備蓄食料数を設定し、総合備蓄計画をたて、「予算化」と「各人の役割分担明確化」による備蓄推進活動の促進を意識する。そして、住民はローリングストック等により非常食を日常の食事に取り入れ、必要な量と自分の好みを組み合わせ備蓄する。
これらの「各人」による「コツコツ」とした「小さな努力」をする意識と行動が、災害の脅威を少しでも軽減し、災害が発生したときに、生きることと、日常を取り戻すための活力へつながることと信じている。
<脚注>
¹ 消防庁では現物備蓄を「公的備蓄」、流通備蓄を「流通在庫備蓄」として取り扱っている。しかし、消防庁で用いる流通在庫備蓄は、主として地方公共団体が契約を交わし、有事の際に利用することとなる。すなわち、契約の主体は「行政」となり公助的役割となる。従って、本稿では公的備蓄の中に二つの備蓄形態があることとし、混同を避けるために「現物備蓄」と「流通備蓄」に統一することとする。
² 食料と食糧の表記が混在するが、本来一般的に「食糧」は穀類を指し、「食料」は食べ物全般を指すときに使用する。本稿では、確認することとなる各機関の報告書等による表記を尊重することとし、その中で使用されている語をあてる。それ以外は一般概念に従い該当する語を使用する。
³ 熊本県災害対策本部,第7回災害対策本部会議資料(4月16日(土)16時00分現在)から第19回災害対策本部会議資料(4月25日(月)16時30分現在)までの全13回会議資料より抜粋。阿蘇中央高校・小国高校・宇土高校・甲佐高校・鹿本高校・水俣高校・八代農業高校・八代農泉分校の8校について、状況が明記されていないため割愛した。
⁴ 各資料においてグラム表記されている米は150g(約1合≒約500kcal)を1食分に換算(端数は四捨五入)し、玄米は精米換算(精米換算率90%)した後150g(約1合≒約500kcal)を1食分に換算(端数は四捨五入)、アルファ米は100g(できあがり260g≒366kcal)を1食に変換(端数は四捨五入)[尾西食品株式会社,アルファ米・白米]している。
⁵ 年齢・性別の違いは、20代男性と高齢者では基礎代謝の違いによりカロリー消費量も異なり、これは男性と女性でも違う。また表1にある第1期の適合食料のような、乾パンや主食缶詰、缶詰パン等様々な備蓄食料が含まれるため、1食とする均等のカロリー計算はされていないという意味である[青山(2016a:52)参照]。
⁶ 災害対策基本法第二条の二,三
⁷ ローリングストックについては、内閣府HP,防災情報のページ「平成25年度広報ぼうさい」http://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h25/73/bousaitaisaku.htmlより。ランニングストックについては、新潟大学地域連携フードサイエンスセンター〔編〕(2016:117-118)による。守茂昭[新潟大学地域連携フードサイエンスセンター〔編〕(2015:36)]による平常時の需給サイクルに関する考え方も参考になる。
<参考文献>
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青山貴洋. (2016b). 「平成28年(2016年)熊本地震による被害と食料供給状況からみた自治体対応」.未刊行.
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新潟大学地域連携フードサイエンスセンター. (2006). 『これからの非常食・災害食に求められるもの』-災害からの教訓に学ぶ‐. 台東区: 光琳.
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